2017/06/10

卒業

なんとなく、最後に「卒業」ってものをしたときに書いた手記をここに持ってきてみました。


あ、卒業しました。

卒業した実感っていうか、そもそもが4年も通っといてその場所に所属しているという実感を持たずじまいだったので、「所属しなくなる」という実感もあるわけがなく。ただ「働かなきゃいけないんだなぁ」という意識がある。

「人生でまったくの無駄になることはひとつもない」と思っているから、ここに通ったことについてもそうなんだけどさ、もったいなかったなぁとはすんごく思う。この時期のこの時間を、もっと他にあっただろってね。コスパの問題ね。

やりたいことあったのに、なにしてたんだろなって。1日8時間をとられるようになる前に、そうなる前だから力を注げることっていうのがたくさんあったのにね。

ただ、生活のために収入源が必要だったんだよね。すべてを掛けてでも、あらゆることを犠牲にしてでも、なにかを追いかけるっていうような根性は、僕にはないからね。

だから僕にはこうすることしかできなかったんだけど、だけど、もっとうまいことやりたかったよね。

4年間よくがんばったっていうより、よく耐えたなぁって思う。

僕のこの学校に入る前の座右の銘は、「自分に誇れる自分」だった。誇りなき生より誇りある死を選ぶ自分だった。だけど、この4年間のうちに、「どんな手を使ってでも生き残る」に変わってしまったんだよね。

狡猾だったり、開き直ったり、屈辱的な手段だったり、「普通その手使うか?」「そんな手あんのか?」と周りに思われるような手を繰り返して、顔の面だけは厚くなったかな。そういうハートは強くなったかな。

たぶんその厚顔さっていうのは、今後も役に立つ場面があるんだろうな。 「あいつはそういうやつだから」と許されるポジションにいたのは、楽だったかも。

僕のこれからの座右の銘は、「自分になる」ってこと。前と同じ自分にってことじゃなくて、僕は自分になりたい。なりたい自分に近づくことを諦めたくない。

最近すごく思うことというか、意識することは、自分の中の「ガラの悪さ」みたいなものを、大事にしていきたいなってこと。なんていうか強気さっていうか、忘れないようにしたいなって思うんだよね。世の中に適応できないのなんて物心ついたころからずっとなんだし、もとからなにも持ってなかったんだから、怖がってもしかたないわけで。

在学中のとある出会いから本当にいろんな出会いがあったこと、いろんなことが変わったこと、そのきっかけがこの学校にあったってことが、この4年間の救いかな。

年がたつほどに、放っておくと道は狭くなって、選択肢は減っていって、新しいことは始めづらくなるけれど、やりたいことをやりたいってこと、自分になりたいんだってことを、これからも諦めずにいたいって思う。

働きたくない。

2017/01/25

「マナーの改善」「意識の問題」は「運用でカバー」と同義である

システム開発の場面などで使われる、「運用でカバー」という言い回しがあります。

簡単に説明すると、

  • ある目的のためにつくられたシステムにおいて、欠陥がある。
  • 理想的な状態ではないけれど、事情があってそれをいま直すことはできない。
  • 使い方を工夫すればなんとか使えるから、とりあえずこのままのシステムを使おう。

事情はお金がないとか、時間がないとか、上層部がアレとか、社会がわるいとか。

検索したほうがよりよい説明が出るでしょう。

ゲームにたとえると、普通に歩いてカボイの村に入ろうとするとフリーズしてしまうけど、走りながら村に入ると問題が起きない。説明書に「カボイの村には走って入ってください」と書いて発売しよう!みたいな話。

ヤバイ。

「顧客管理システムに名字が1文字だけの人を登録するとエラーになるので、後ろに『〇』を付け足すようにしてください」みたいな、初見殺しの独自ルールを追加することによって、いまのままのシステムでなんとかやっていきましょう。システムの欠陥を運用でカバーしましょう。という言い回し。

この「運用でカバー」とまったく同じ構造の言説が、世の中で頻繁に使われているのです。

「マナーの改善を」
「ひとりひとりの意識の問題です」

プログラムを書いてつくられたシステムだけでなく、世の中の人間がつくったシステムは、人間が便利に過ごすためにつくられたはずです。

そのシステムを使うために人間側に工夫が必要なのは本末転倒であり、それは欠陥のある未完成なシステムです。運用ルールを意識しないといけないことと、「マナー」や「ひとりひとりの意識」が必要になることは、まったく同質の問題なわけです。

「マナーを守りましょう!」
「みなさんひとりひとりの意識の問題です!」
じゃない、みなさんひとりひとりの意識で解決をするな。意識しなくても問題が起こらないシステムをつくれ。

運用でカバーすることが絶対悪ではないのと同じく、「マナー」や「意識」によって目の前の問題へ一時的に対処することも絶対悪ではない。やむを得ない事情はあるものです。そう簡単に直せないものだから、運用でカバーしているわけで。

だから、それらを守らなくていいって言いたいわけではないんです。そうしないと回らないからしかたない。

だけど、本質的な問題の解決のためには、延々と啓蒙活動を行うよりも、そのシステムの欠陥を改修したほうが話が早い。「マナー」や「意識」といった運用ルールを守りながらの作業が恒常化し、目的化し、絶対正義となってしまうのは明らかにおかしな状況なわけです。

たとえば。

電車で足を大きく開いて座る人がいると迷惑なのは、そういう人がいると座れない人が出てくる程度に電車が混んでいるからです。それでも誰もが座れる程度に電車が空いていれば、誰も困りません。本質的な問題の解決のためには電車を空かせるべきです。

他に「自然と小さく座ってしまうイスを開発する」といった手法も考えられますが、この電車の混雑が常態化していることによる問題は数多いです。ベビーカー論争, 席を譲る譲らない問題, 痴漢被害と痴漢冤罪被害、数多のコストを使用者側に強いています。

イヤフォンから音が漏れるのは、そのイヤフォンの遮音性能が使用者の音量に耐えられないからです。

飲酒運転による事故が起こるのは、車が飲酒して操縦すると事故が起こる仕様の道具だからです。

エスカレーターの正しい乗り方をさせたいなら、自然とそういう乗り方をしてしまうような形状・デザインにすればいい。

チケットの高額転売をやめさせたいなら、自然と転売する気持ちがなくなるようなシステムを構築すればいい。

説明書を読まずになんとなくで使っても正しい使い方ができるのがよい製品です。

人間が便利に過ごすためにつくられたシステムに不満があるのなら、それがどんなに些細なことでも不満だと言っていい。だって不満なく過ごすためにシステムがあるはずなのだから。

そしてその不満と不便さを減らすべく、少しずつでもシステムを変えていって、文明は前に進んでいくのです。

「マナー」や「意識」が必要になるのは、そのシステムに欠陥があるためです。やむを得ず必要になるものです。システムの持つ穴は放置して、ルールだけが偉そうに正義として振りかざされるのは、明らかにおかしなものです。

ところで、人間が快適に過ごすためにつくられたはずのシステムなのに、そのシステムに適応し従うことこそが絶対正義の必須要項であるとの風潮が蔓延し、なぜかむしろ人間を苦しめている。そんなシステムがあることにお気づきでしょうか。

なにが社会に適応だ、人間のために社会があるんだから社会が人間に適応しろ。

社会がわるい。

2017/01/11

2017's Slogan: 種を蒔く

2016年のスローガンは「蝶のように舞い、蜂のように刺す」で、総括は漢字2字で「道標」。
くるくると回っているうちに、自分がどこに向かっていきたいのかが固まり、道が見えてきた。

2017年のスローガンは「種を蒔く」。

チャンスから繋げていくための種だったり、チャンスに繋げていくための種だったりを。
チャンスって単語に手垢がついていてなんかイヤだが、まぁ他の言い方も思いつかん。

Y-dashとして仕事をして生きていく話だとか、隠居団の話だとかは、完全な100%の本気です。
自分に合っていないところに適応する気はさらさらないので、自分に合う場所をつくっていこうという話です。

あんまりのんびりともやってらんないなと思います。
Y-dashとして生き始めないことにはなにも始まらないですし、いつまでも繋ぎの生活をしているのはイヤですし。

というわけで、もしもなにかおもしろい話がある方はぜひお声がけください。

エンジニアです。フロントエンドが主です。
技術的なことはわからんって方向けに言うと、Webサイトをつくることが主戦場です。

隠居を完成させるために生き急ぐのもおかしな話ですが、人生の中で隠居した状態で穏やかに過ごす時間を少しでも長くしたい。

それまでジタバタしていきたい。
隠居するためにジタバタする。やっぱりおかしな話ではありますけど。

2017年は隠居に向けて、少しずつでも動かしていきたい。

2016/11/06

基本自分中心のコスパでしか物事を考えていない

基本自分中心でしか物事を考えていないし、たいていの判断の基準はコストパフォーマンスだ。

まず「コスパ」って単語の認識を合わせないと話が伝わらないと思う。

「コスパ」って言うと金銭面でしか計算しない人がいるけど、そうじゃない。「コスト」にはお金の他にも、時間とか、手間とか、精神的負担とかがある。「パフォーマンス」にはお金とかどれくらい腹が膨れたかとかの物量的なもの以外にも、幸福感とか質的なものがあるよね。

むしろ直接の金銭面しか見ない人はコスパの演算がまったくできてない。

アルバイト先を選ぶならそりゃ時給が高いほうがいいけど、職場までの移動にかかる時間を時給換算して考慮しないといけないよね。遠くて時給が高いところより、近くて時給が安いところのほうがパフォーマンスがいいかもしれない。満員電車に乗りたくないとか、苦手な業務内容だからものすごく疲れそうとか、タバコ嫌いだから禁煙のとこがええねんとか、そういう面まで含めないとそれはコスパの演算じゃない。

たとえば僕は野菜がすごく好きだから、値段が少し高くなってもマクドナルドよりサブウェイのほうが明らかにコスパがいい。野菜ぜんぶ多めにしてもらうの大事。

たとえば「自分で壁を塗装すると安くリフォームできるよ!」みたいな話はよくあるけど、かけるコストがお金から時間に変わっただけ。僕は手先の器用さにあまり自信がなくて、塗るのミスってやり直す事案が高確率で発生するし、「失敗しそうでイヤだなぁ」っていう心配をしなくてよくなる精神安定的コストを考えると明らかにプロに頼んだほうがコスパがいい。

家電量販店のスマフォの保護フィルム貼り代行サービスも毎回頼んでる。失敗して買い直したり、貼るのうまくなる練習をするより明らかにコスパがいい。

こんな感じで、コスパを考えると、コスパを意識していない人と比べてむしろ多くの金銭を費やす結果になることもある。単純な値段の問題じゃなくて、かけたコストに対してのパフォーマンスの比率を見るのがコスパ。「コスト」も「パフォーマンス」も、自身がすることと自身に返ってくることの全体を見ないと演算できない。

以上でコスパについてはおわかりいただけたでしょうか。

このコスパという判断基準をベースに話したいのが、僕が自分中心でしか物事を考えていないという話。僕は自分自身にとってのコスパでほぼすべての決定をしている。

たとえばルールを守るのは、守っていたほうがコスパがいいから。

破ることで自分自身が自分自身にかける精神的負荷とか、受け得る制裁とか、そういうコストも含めて演算をして、それでもなおパフォーマンスのほうがいいなら守らないという結論もありうるよね。

自分以外の全人類がゾンビになった地球を車で逃げ回っているとして、そのとき交通規則を守るのと破るのどっちがコスパいいです? って話。

たとえば「優しさ」だってコスパ。僕が誰かになにかをするのは、そうすることがコスパがいいから。

その人になにかをすることによるコストと、それをすることによる「これをしていること自体がうれしい」とか「周りの人が明るい表情のほうが自分の精神衛生上いい」とかっていうパフォーマンスがあって、それを比較した際にパフォーマンスのほうが高いときにだけ僕は「優しい」行動をする。

僕が「この人の手助けができるとうれしい」と感じている人からは結果的に「優しい」という評価を受けることもあるけれど、優しくなんてまったくなくて、ただコスパの演算をしているだけ。

だから行動をして「うれしさ」を感じた時点で僕は得をしていて、自分のためにそうしているわけで、別にお礼もお返しも必要としていない。

「無償の愛」なんて存在しないんだよ。「愛を与えたうれしさ」というリターンを必ず受け取ってるんだから、無償じゃない。

「自分はこんなにいろいろしてやっているのに見返りがない」とか「アイツは感謝が足りない」とか言っている人のことは理解できない。自分の中でなにかを「してやる」こと自体によるうれしさというパフォーマンスがコストを上回らない相手に対して、コストをかけることをやめればいいのにと思う。

この感覚は、なにかのファンをしている人には少し伝わるんじゃないかな。

ファン対象にお礼を言ってほしいわけでも、なにか見返りを与えてほしいわけでもないものね。ファンをすること自体がたのしいからファンでいるわけで、応援すること自体がたのしいから応援するんだものね。

そんな感じで、僕がとにかく自分中心のコスパでしか物事を考えていないという話でした。

ただこの考え方にはひとつ重大な問題があって、仮に僕がルールを破ることのほうがコスパがいい存在になってしまって、仮に周りにひとりとして大切に思える人間がいなくなってしまったら、ルールも守らず他人のことも一切考えない、すべてを破壊し尽くすただのガチクズ野郎になりうるってことだ。

2016/03/18

JanetterでInstagramの画像サムネイルを出す

予想外に簡単で拍子抜けした。

前置き

その昔、Janetterでは標準でInstagramのサムネイルが表示されていたのじゃが、いつ頃からじゃったかのう、それができなくなってしまったのは……。

で、TwitterとInstagramが尋常じゃないくらい仲がわるい話を聞いていたので ( instagram の画像を取得するリクエストの User Agent に Twitter が含まれているとヤバイ | Covelline Developer Blog )、どうせそれ関連なんでしょ、めんどくさいしええわと思っていたのだが、気分でソースコード確認したらぜんっぜん関係なかった。

InstagramのURLが
"instagram.com" から
"www.instagram.com" に変わってただけ
だった。

(もしくは "instagram.com/p/~/" から "www.instagram.com/p/~/" へのリダイレクトがなくなったとかなんとかとかもあり得るが、まぁどっちでもいい)

要するに "www." が付け足された分をさらっと書けばいいだけなんや。
マジかよ、もっと早くやればよかった。

本題

お決まり文句
  • 自己責任で
  • Janetterを終了してから作業してね
  • いじるファイルのバックアップ推奨
    1. コピーして別のフォルダに置いておく か
    2. コピーして "thumbnail.js.org" とかのテキトーな拡張子にリネームして置いておく か
    するといいんじゃないですか。元と同じフォルダに、使わない ".js" のファイルを置くのはやめたほうがいいんじゃないかな、たぶん。
  • Janetterのアップデートがあったらいじった場所が上書きされて元に戻るかもね
いじるファイル
Windows
\Program Files (x86)\Janetter2\Theme\Common\js\janet\thumbnail.js
(7, 10でここ, たぶん8とかもそうでしょ)
Mac
/Users/(ユーザー名)/Library/Containers/net.janesoft.janetter/Data/Library/Application Support/Janetter/Theme/Common/js/janet/thumbnail.js
(Yosemiteでここ, 他は知らない)

どちらも隠しフォルダ下にあるんで、各自よしなに。

で、なにすんの?

thumbnail.jsをテキストエディタで開く。
410行目あたりからInstagramコーナーがわかりやすく始まる。
変えるのはたった2行だけ。

414行目にあるであろう、

var exp = /https?:\/\/(instagr\.am|instagram\.com)\/p\/([-\w]+)/g,

var exp = /https?:\/\/(www\.)?(instagr\.am|instagram\.com)\/p\/([-\w]+)/g,

に変える。

418行目にあるであろう、

var no = res[2],

var no = res[3],

に変える。で、保存。

以上。簡単。

Janetterを起動して、「Instagram」で検索でもして、普段Twitter公式の画像を見るのと同じようにInstagramの画像が見られたらOK。終わり。

Instagramの気まぐれでまた "instagram.com" に戻ったりしても、こうしておけば平気なはず。たぶん。

2015/09/23

老兵とアンジュルムと日本武道館

タイトルにも自分が含まれているように、この記事のほとんどが自分語りだ。

もちろんアンジュルム日本武道館当日の感想もあるのだけれど、
そのとき感じたことに繋がっていく、背景としての経緯を書き留めたいと思った。

「アンジュルム」の日本武道館に、本当に心を動かされた。
だから、明るいばかりの内容ではなくなってしまっても、この機にすべてを書きたいと思った。
そうしたら、思ったより長くなってしまったのだ。

なにせ、あれから3年は経つ。

農民

僕はずっとアイドルが怖かった。
僕はずっとアイドルから逃げていた。

大好きだったスマイレージから大好きだった子が卒業したのは、2011年末のことだ。

大切な子の大切な戦友と後輩たちを、応援したいとは思っていた。
しかし、見つめていた子のいないステージは、どうしてもつらいものだった。

「チョトマテクダサイ!」のリリースイベントを回った。
お客さんも減っていない、メンバーもがんばっている、大丈夫そうだ……。
安心した僕は、その場を離れることにした。

……なんていうのは、たしかに間違っていない。嘘もついていない。
だけど、それは本当は自分自身に対しての建前だと思う。本当のことを書きたい。

印象に残っている逸話がある。

伊集院光が立川談志と対面したとき、落語をやめた理由を語った。「談志の落語のテープを聴いたとき、その決して埋まることのない差に衝撃を受けた」というものだ。しかし、談志は「うまい理由が見つかったじゃねぇか」と返し、本当だけど本当の本当ではないと言う。

本当だろうよ。本当だろうけど、本当の本当は違うね。まず最初にその時のお前さんは落語が辞めたかったんだよ。『あきちゃった』のか『自分に実力がないことに本能的に気づいちゃった』か、簡単な理由でね。もっといや『なんだかわからないけどただ辞めたかった』んダネ。けど人間なんてものは、今までやってきたことをただ理由なく辞めるなんざ、格好悪くて出来ないもんなんだ。そしたらそこに渡りに船で俺の噺があった。『名人談志の落語にショックを受けて』辞めるんなら、自分にも余所にも理屈が通る。ってなわけだ。本当の本当のところは『嫌ンなるのに理屈なんざねェ』わな

伊集院光 『のはなし』 宝島社, 2007年, ISBN:978-4-7966-6094-5, P.99, 「好きな理由」の話

これはまさしく僕の心の動きだ。なにかのファンでいることは、そのスタンスにもよるだろうが、ものすごく楽しいのと同時に、苦さが付いてくるものだと思っている。この2つの要素はそれぞれ完全に独立しており、楽しいから苦くなくなるとか、苦いから楽しくなくなるとか、そういったことは一切ない。相殺することなく、独立して、同時に味わうものだ。そして最終的なトータルとしては、楽しさから受けるもののほうが大きいものだ。

僕はだんだんと苦さを強く認識するようになっていて、アイドルのファンでいること、なにかのファンでいることに疲れていた。終わりにする理由は、どれも本心だ。嘘じゃない。だけどやっぱり、本当の本当はキリのいいきっかけでしかないのだと思う。

好きなものから離れるには、未練があるほうがやりやすい。手法は簡単で、一気に自分を引き剥がす。すべての情報を遮断する。次第に心が乾いていき、形が変わり、自然ともとの位置には填められなくなるものだ。たとえ心は惹かれても、もとの位置には填まらないし填められない。「農民に戻ります」と言い残した僕は、計画通りな自分の薄情さを改めて知る。

ベトナム帰還兵

そうして僕は退屈になった。なにせ、それまで自分の中心に1つのアイドルグループがあったのだから。知った顔にも会えるし、寄り道がてらにハロプロ系のイベントに現れるようになる。その延長で、久しぶりにちゃんとしたライブ用の会場でのイベントに行ったとき、問題が起きた。

アイドルのステージを見ることが苦痛だった。

ショッピングモールの一角のような、景色に雑音がある場所では、ステージに意識が集中しきれない。しかし、客席の人間がステージを見るためにつくられた会場で、音楽が流れ、照明が刺されば、自然と意識が一か所に集中する。

アイドルのステージであるその独特の空気感の中で、自然と思い出される。かつて見ていた子のステージが頭の中で再生される。いま目の前にあるステージがまったく頭に入ってこない。友人が隣にいたからよかったものの、ひとりだったらその場にへたり込んでいたかもしれない。

なによりもいま目の前に全力で立っている演者に申し訳なくてしかたなかった。受け手のあり方としてありえないと思った。その申し訳なさが、とにかく一番の苦痛だった。この時期、自分のことを冗談交じりに「ベトナム帰還兵」と呼んだのだった。

時が過ぎるのは早い。スマイレージ初の日本武道館公演が発表された。行くべきだと思った。同時に、こんな背信の自分に行く資格があるのかと強く疑った。そしてなにより怖かった。

結局勇気が出なかった。客席が名前を叫んだその行動を聞いて、「僕は行かなくて正解だったのかもしれない」と思った。そのときの僕は、もう芸能人ではない彼女がいまだにコンテンツとして消費されることに、強い吐き気を覚えていたからだ。

「本人は不在なのに、もうアイドルじゃないのに、どうして無理やり働かされ続けないといけないんだろう」ってやるせなくて。

誰に対しても強制なんてできないけれど、僕はすごくいやだ。本当は、もう他の道を歩んでいる子の名前を公の場で出すということすらいやだけど、きっとそれは厳しすぎるんだろうね。

Dash Cave: 2012.12.26., 2012.12.26

いまの考えは少し違って、だいぶ穏やかなものだが。

あれからいろいろ思ったし、考えたし、言ったこともあったけど、なにが正しいのか、なにが正しかったのか、なにが君のためになるのか、もうわからないなぁって思うよ。

考えても、僕にわかることでもないのかもしれないなぁって、いまは思う。

手記, 2014.12.28

その公演が「スマイレージ」の初めてにして最後の武道館だったのだと知ったときには、強い後悔を抱いた。改名について僕が言えることは、なにもなかった。

たとえいままでハローという戸棚の中の9割を見てきた人であっても、スマイレージという木箱の中身を見つめてもいない人には語られたくない。戸棚の中の一部がじゃなくて、ただその箱が、その中身が、好きなんだ。

Dash Cave: 考えてきたこと。, 2011.08.12

僕がされて嫌だったことを、僕は決してしたくない。いまでも強くそう思っている。

「アンジュルム」の日本武道館

そんな僕は、アンジュルムの日本武道館というステージを見るにあたって、最悪な条件を揃い持った存在だったと思う。

行く踏ん切りのつかないまま、日付だけが過ぎて行く。プレイガイドを開いては閉じるを繰り返す。そんなことをしている中で、福田花音ちゃんの卒業が発表された。厄介なことを考えている場合ではない。後悔したくない。チケットを取った。取れた。よかった。

当日。

本当に怖くてしかたがなかった。逃げ出したくてしかたがなかった。

オープニングアクトを眺めながら、「あぁ、ハロプロだなぁ……」と感じ、かつてホームだった空間をアウェーに感じる。不思議な感覚だった。

本編が始まる。オープニングムービーと会場の盛り上がりが、しみじみと懐かしい。

1曲目は「大器晩成」。初めて聴くそのイントロが始まって数秒の9人の姿で、すでに泣きそうになっていた。まだ歌い出してもいない間の、その短い時間の9人の姿から、もう自分の感受性が受け取れるもののすべてを感じ取った気がした。その時点で、「あぁ、来てよかった……」と思っていた。

僕は彼女たちをずっと見つめてきたわけではない。だから、きっと細かいところは見えていないし、どうしても漠然とした感想になるけれど……。

とにかく強く感じたことは、僕が見ているのは「アンジュルム」だ、ということだった。

決して過去からの借りものなんかじゃなかった。たしかに、僕にとってすごく聴きなじみのある曲だ。狂ったように何十回何百回と聴いた曲だ。しかし1曲として、「"あの曲" を "なにか違うもの" が歌っている」と感じることはなかった。「"昔の曲" を "引きずって" 歌っている」と感じることもなかった。いつの時代に生まれた曲も、1曲1曲すべてが、いまそこにいる彼女たちのものだった。

こんな風に感じるなんて思ってもいなかった。僕の見ていない間に、彼女たちは彼女たちの「アンジュルム」をしっかりとつくりあげていたのだ。

中でもわかりやすいのが、メドレーの中の1としてさらっと終わった「スキちゃん」。

僕はその流れを見て、「あ、いまはこうなってるんだ」と思った。つまり、スキちゃんを盛り上げるためのツールとして使わない体制を、ずっと続けてきていまがあるように感じた。「あ、いまはこうなってるんだ。これがアンジュルムなんだ。うん、いいね、いいと思う。」

そのぐらい自然だったし、もちろん物足りなさも一切感じなかった。だから、終演後に「スキちゃんの扱いがよかった」という趣旨のツイートをたくさん見かけて、かなり驚いた。「えっ? ずっとそうなんじゃなかったの?」

「スマイレージ」はこの地上からしっかり消えていたと感じることができた。同時に、彼女たちの中にしっかり残ってもいるんだと感じることができた。

勝手なことだけど、大切なものを、「頼んだよ」とすごく素直に思えた。

そしてもうひとつ大きなことは、2期メンバーが本当に頼もしく見えたことだ。頼もしく見えたということだけじゃなくて、これまでがんばってきてくれたこととか、アンジュルムを支えてきてくれたこととか、うまく言えないけれど。ステージ上の姿を見ながら、「あぁ、君たちでよかった」と強く噛みしめていた。

終演して浮かんできたのは、とにかく「ありがとう」という言葉だった。1期に、2期に、3期に、メンバーひとりひとりに、何度もありがとうと言いたい気持ちだった。

正直僕は、メンタルを削って現実に打ちひしがれて帰ることになるかもしれないと、覚悟を決めていた。しかしむしろ、しっかりと元気をもらって帰ってきた。自分はもう昔のようにはなれないけれど、「やっぱりアイドルっていいな」と思うことができた。アイドルというのは本当にすごいし、そう感じさせてくれたアンジュルムはすばらしいアイドルだと思う。

根拠もなく故郷を誇りたくなるような気持ちで、「そりゃあ当然っしょ!」と勝手に自慢げに言いたくなるところでもあるけれど、でもそれは生半可なことではない、当然じゃないはずだと、同時にこのステージで感じさせられた。それをつくりあげているメンバーひとりひとりに、ありがとうと言いたいんだ。

「アンジュルムの日本武道館」という公演から受け取るものがどんなものであるにしろ、その公演が僕にとってひとつの「区切り」になると思っていた。だから、もし書けるのであれば書こうと思っていた。「ベトナム帰還兵とアンジュルム日本武道館」というタイトルで。

だけど、公演を見ている最中に、僕がそう名乗ることは失礼極まりないと思ったんだ。僕が見ていない間にがんばりつづけて、いまの「アンジュルム」をつくってきた彼女たちに。

僕のような、逃げ出した背信の裏切り者の言葉の価値なんて、薄っぺらくてしかたがないものだ。だけど、そんな僕にこう感じさせてくれたステージの力は、本当にすごいと思う。そう感じさせられたから、すべてを書きたくなったのかもしれない。

最後に、お前が言うな大賞2015を狙えるコメントで締めたいと思う。

アンジュルムは、いまこそ見に行くべきアイドルだ。

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Y-dash

2014/12/07

雨宮天セカンドシングル『月灯り』リリースイベント うろ覚え

「あの、お天気はどうですか? 晴れ!? 晴れ!?」 (うれしそう)
「1stシングルのイベントではことごとく雨だったので。帰りも降らせないようにがんばります」

「なんか静かじゃないですか? 月灯りだからですかね」

「まずはフリートークをしようと思うんですけど、って、これ (台本上の構成の話だから) 言わなくていいのかな、」

「もう12月ですね」
(そうですね)
「なんかお昼の番組みたいですね」


[ 雨宮天 緊張したことランキング 1~6月編 ]

3位 「ラジオどっとあい 雨宮天の群青ガラパゴス」

「30分ひとりしゃべりって大変だと思って、家ではひとりごと多いほうなんですけど、さすがに30分ひとりごと言ったことはないですよね」

もしメールが来なかったらとか、需要がある自信がなかった、
やってみたらすごくたのしかった と

「ガラパゴスってついてますから、」
ガラパゴスってなんか独特の発展?をしたところみたいで と

「私もずっとひとりで考えごとしたりとか、スタッフさんと話してて "すごく独特だね" ってことからガラパゴスになったんですけど」
「ガラパゴスでいいんだ、私のことを知ってもらおうって、たくさん自分の考えてることや思ってることをたくさんお話できた」
「こだわりを思いっきり伝えることはむずかしい」
それができてよかったたのしかった と


2位 「THE IDOLM@STER M@STERS OF IDOL WORLD!!2014」

さいたまスーパーアリーナ
「なにより会場がめちゃくちゃ広くて」

「いまよりもっと人前で歌うってことに慣れてなくて、まだ数回しか人前で歌ったことがなくて、突然あんな大きいステージで、ソロ曲もあって、私はどうなってしまうのかなって」

暗い客席に青いサイリウムが光る光景は宇宙のようで
「宇宙の中、現実世界とはあんまり思えない」

その空間の中にいると
「どこが前でどこが下でとかわからなくなっちゃって、足元がふらふらしちゃうんですよ」

「直前までおそろしくてしかたなかったです。反省点もたくさんあったんですけど、あんなに大きい会場なかなかないと思うので、ほんとに貴重な経験だなって」

「なんとかなるんだなって自信がつきました。生きる自信が湧きましたね」


1位 「ミュージックアワー」

「ご覧になった人…?」 //3回ともやってたけどこの客席見渡すようすがめちゃくちゃかわいいんだなぁ
「いっぱいいる…! 一番いる…!」
「テレビですもんね、あれ私なんですよ」

「テレビ局に入るのがはじめてで、あの、テレビ局って芸能人の人がふつうに歩いてるんですよ」

ミュージックアワーのプロデューサさんが一週間フレンズ。を見ていて、
エンディングの奏を聴いて「いいな」と思ったのがきっかけでお声がかかったそうな

「夢のようなできごとが現実に起こったんですよね」

音楽用語がわからない雨宮さんに丁寧に教えてくれたスキマスイッチさん

「テレビだから (ここにいるお客さん以上の人が) もっと見てるんですよね、こわいなー、…終わったから大丈夫、生きてる生きてる」


「スケジュール帳見ながらこのランキング決めさせていただいたんですけど、すごいことしてますよね。少し前まではお家で寝てるだけの人だったんですよ、あ!家事はしてましたよ!」

「それが2014年たくさんのことをさせていただいて、人生ってわからないなって思いましたよね」


[ 月灯りMV生コメンタリ ]

「月灯りのミュージックビデオをいっしょに見て、それで私がヤジと飛ばす…じゃなくて、ガヤガヤしようと思うんですけど」

「…あ、ミュージックビデオのコメンタリをしようと思うので、よろしくお願いします」 //単語を思い出した感じ

再生開始

「青いですよね。撮っているときこんな青い空間にいるって知らなくて」

上から吊り下がっているガラスは扇風機で回していて、
回りすぎないちょうどいい風量になるようにスタッフさんが調整したのだと

「たくさんぶらさがっているので、髪型をなおすのも大変で」
ガラスに当たらないようによけながら髪型をなおしにきてくれたと

「これ!(MVの衣装) これ!(今日着ている自分の衣装) おんなじ衣装なんです! 気づいた?」 //かわいい

「耳の横側につけるおっきいアクセサリってつけたことなくて」
胸元のアクセサリはメイクさんの手づくり

「ここはいっぱい転がってた中で自分の好きなビー玉をこれだ!って選んで」

ゴロゴロしてますよね、Skyreachでもゴロゴロしてますよね と
「このゴロゴロは床に寝そべっているのですごい冷たくて、ずっと同じ体勢なのでつらくて、けっこうがんばって撮ったゴロゴロなので」 みたいな

ラスト涙のシーン
「実際に… (MVが泣くシーンに) あ!泣いてる!
泣くシーンは実際に泣いているので」

「うわめっちゃはずかしいなにこれなにこれ」 //その場で丸くなる

「慣れないですねー、自分の顔のドアップって、ちょっと笑っちまいますね」


[ アンケートコーナ ]

「なんか私話すの速いですか? すみませんね、私せっかちなんですよ」

「やってまいりましたアンケートコーナー!」

アンケート書いた人探すときがめちゃくちゃかわいい
「すみませんね、はしゃいじゃって」

「松戸って……千葉! ナンちゃんの!」

「私あなどってたなって思って、その県のおみやげってすごくおいしいですよね」

七つの大罪のイベントではじめて遠いお仕事に行った、
おみやげを買ったらすごくおいしくて と

「あんまり旅行とか行くタイプじゃなかったので、ちょうどいいので2015年の目標は旅行にしようと思います」

「矢切の渡しはナンちゃんに買ってきてもらおうと思います。あ、ナンちゃんはナンスです!」

「実家なので、かあさまが出してくれる食事をぬくぬくと食べてるんですけど、半年ぐらい前から和食にはまりはじめて」
外でお昼食べるときとか食べてる、安心できる味ですよね と

「私の得意料理はチンジャオロースなんですけど、肉じゃがもつくれます!」
//と言ったものの「つくれるかな」と一度言ってみたり、○○と××をつっこめばつくれますよねみたいな感じで若干あやしい
//つまりかわいい

「バイトしてたところでは、よくハンバーグが出るお店でバイトしてたんですよ」

「ハンバーグあんまり好きじゃなかったんですけど、まかないで、"あーもうダメつかれたー" ってときに食べてすごくおいしくて、それから好きになりました」

「人間関係を築くのがすごく苦手なんですよね。このお仕事をさせていただいて、毎日毎日行かせていただく現場が違うんですよ、必然的にいろんなかたにお会いする機会が多くて」

「人見知りがだいぶ改善されて。人と話すのってたのしいんだなって思うようになりました」

先輩から聴く話は新鮮で、
一生懸命にお仕事したあとそのキャストのみなさんと食事に行ったりするその一連がたのしくて と

「もちとかナンちゃんとかも、東京じゃないところから出てきてるのでその話を聴いたり、ナンちゃんからは高校生活の話を聴いたりするのがたのしくて」

「いもけんぴっておいしいですよね。母がいもけんぴ好きで、家にあるんですけど、たまにつまむとおいしくて」

お菓子売り場の棚にいても自己主張激しくないですよね //みたいに言いながらのなりきる身振りがかわいいんだなぁ

「私の好きなお菓子も教えようかなって思ったんですけど、どうしようかなー。あ、教えてあーげない!とかじゃなくて、ブログに書こうかなって思ってたので…書かないよね!」

トロット
「最近甘いものから遠ざかってせんべいとか好きになってたんですけど、おいしいなって」

イチゴポッキー (安定とのこと)
すっぱムーチョ
うにせん
マカダミアナッツ カラメリゼ

小豆島を「あずきとう」と読む雨宮さん
「あまりね、外の世界のことは知らないので、地理は苦手なんですけど」

「香川県はこのへん、このへんですよね」 //地図を身振りで表現する

「前もこんなことやった気がする、Skyreachのイベントのときも地理の弱さを見せつけた」

「冬になって星空が違うなって思うんですけど、違うところで見るとぜんぜん違いますよね」
北海道にスキーに行ったときに歩いてるだけでも星がきれいで と

「星空見に行きたいなー。あと花火! 私けっこう花火好きなんですよ。線香花火で競争するのが好きで」

線香花火の一生を身振りで表現するのがめちゃくちゃかわいい
おとなしいとこからワーってなってまたおとなしくなるみたいな感じ

「やっぱり2015年は旅行に行こうと思いましたね」


[ ライブ ]

「繊細な、暗めな曲が好きなので、聴いたときに "この曲好き" って」

「いざ歌い始めてみるとこの曲すごくむずかしくて、びっくりしましたね」

恒例深呼吸

「深呼吸いっしょにやりましょう、"吸う" からですよ」

3回

「笑ってるでしょ! 笑いながら深呼吸はできないんですよ!」

月灯り

「はぁー1曲歌ったな私。…すみませんモノローグですこれ」

「次が最後の曲です」
(エー)
うれしそうなドヤで体を伸ばしもう一度「次が最後の曲です」
(エー)
「エーって言ってくれた! エーって需要ですよねこれ!」

「みなさんにはぜひこれからも緊張するときとかにいっしょにいてほしいって、」

言うこと忘れちゃって一度横向いて、あれ言ってそれで…と順追って思い出す姿がとてもかわいい

「"チョ・イ・ス" って読まないで "チョイス" で大丈夫です」

「盛り上がる準備はできて…噛んだ!」

チョ・イ・ス

ぜんぶの行に //かわいい って入れようかと思いました